7
泡雪のような儚げな白い肌は、
頬に宿ればすべらかなつややかさを見せ、
首元から鎖骨、胸乳へまで至るデコルテという部位へ宿れば、
それは煽情的なみずみずしさとなって他者を大きに動揺させる。
それでなくとも、細い首や嫋やかな肩口との絶妙なバランスで
柔らか豊かな懐をしている彼の人は、
困った性癖による禍々しい痣を刻まれた其処、
最低限の範囲を包帯で隠しているのが常なので。
その痛々しさもまた、
大きな声では言いにくい傾向の
心の琴線を弾かれてやまぬ人が少なからずは居よう
悩ましげな魅惑となっており。
宵の帳が迫る中、冴えた月下に玲瓏な麗花が花開く…。
◇◇
辿り着いたのは割と平凡な外観のマンションの一室。
太宰がその素性を洗浄しても尚、足場として使えるようにと、
こっそり残しておいた、マフィア時代のセーフハウスで。
外装こそ ありふれた模造煉瓦で申し訳程度に飾られただけな、
どこにでもありそな低層マンションだったが、
素っ気ないほど簡素なエントランスの先、
コンシェルジュ常駐のロビーが案外とシックな拵えなのに引き続き、
微妙にアールデコっぽいエレベータに乗り込んで各階へと上がれば判るのが、
フラットごとに住人が好きな仕様へオーダーメイド出来る、
ある意味、戸別のデザイナーズマンションのような建物なのだということで。
「はぁ、今日も暑かったよねぇ。」
西の方に比すればマシな方らしいが、
それでも もう立秋は過ぎたというに
陽が落ちてなお、いつまでも人の体温レベルの気温が続くのが鬱陶しいと。
やれやれだなんて言いつつ洗面所へと向かい、顔を洗ってしまわれる。
今日は社への通常出勤だったらしく、
埃や砂利を踏みしめて翔ったり、
宙を切り裂く弾丸や異能の攻勢を
飄々と躱したりするような修羅場に居たのでないのなら、
さほど汚れてもないだろに。
薄いおめかしだから構やしないということか、
それと…懇意である芥川には素顔を見せたって支障はないということか。
前髪をちょっとだけ濡らしたまま、
さほど変わらぬ見目でリビングへ戻ってきた姉様へ。
こちらも勝手知ったる何とやら、
外套を脱いでキッチンへ向かうと、ざっと手を洗ってからテキパキと
最近気に入りのサングリアだろう、果実を漬けこんだワインの密閉ボトルを冷蔵庫に見つけ、
場所もしっかと覚えていたところからグラスとマドラーを用意し、
新たにスライスしたレモンとミントを添えた、
涼しげなソフトドリンクを用意してしまう気の利かせようを発揮する黒姫嬢だったりし。
「いい手際だね。」
苦笑交じりに受け取って、立ったままにて口元を湿し、
美味しいと口許の動きだけで伝えると、だが、
グラスはひとまずテーブルへ置いて、
「ほら、その格好じゃあ暑苦しいでしょうに。」
貴女も楽な格好におなりなさいと、
白い腕へ掛けていたルームウェアらしき一式を、
ほらと腕ごと伸べての差し出す人で。
途端に芥川が “う…”と口ごもり固まりかけたのは、風呂へ入ってこいとのお達しだから。
外套を脱ぐところまでは自然にこなせるようになりながらも
風呂は相変わらず苦手なお嬢なようで。
肉づきの薄い唇をやや歪め、細い眉を下げて
いかにも“困った”というお顔になった愛し子へ、
太宰はくくっと小さく噴き出すと、
「シャワーでざっと流してくるだけでいいよ。
それとも、そんな汗臭い体のまんま私の傍らに居るつもりかな?」
「…っ!」
猫だったら背中を丸くしてぴょんと跳ねたほどだったろう慌てよう。
思わぬ不意打ちに わっと浮足立ったよで。
それでも一応は乱暴でない加減をして、
姐様が差し出した着替え一式を攫い取るとバスルームへ駆けてった黒獣の姫だった。
**
何が最初だったのかがもはや判らないほど、
彼女が愛おしくってしょうがない
単なる比喩で収まらないほど、
ぽきんと折れそうなほどに痩せ細っていたみすぼらしい子供が、
その小さな総身にぐるぐると巻き付けていた服やら襤褸やらを
凶暴凶悪な異獣に顕現させ。
まるで自身の怒りを具現化させているかのように、
自分や眷属らへと暴虐を振るわんとした相手、
そちらも栄養状態は芳しくなさそうながら、
それでもずんと場慣れしていたろう 堂にいった荒くれを、
容赦なく引き裂いてしまう、そりゃあ劇的な異能持ちで。
親のいないまま貧民街という最下層に這いつくばる自分たちなぞ、
誰も助けてはくれぬのだと とうに悟ってしまった幼い子供。
栄養も足りず、要領も悪いままだというに その異能が異様なほど強靱なのは、
負けるものか食いつぶされるものかと日々しゃにむに戦ってきたその末のことなのか。
ああこれは面白そうな子だと目をつけ、手のうちへ引き入れてみれば、
なんてまあまあ、刺激のいっぱい詰まった子だったことか。
要領こそ悪いが、馬鹿ではなくむしろ賢くて。
礼儀作法やマフィアの流儀、同じことを二度言わせるようなことは滅多になく。
物知らずなところは天然な言動となって、
鉄面皮が売りだった当時の太宰にその冷徹な貌を鍛える糧となってくれたほど。
『二階だけバスなのですか?』
『惜しいな、二階建てバスだよ。』 (…腹筋も鍛えられた)
そのくせ、戦闘となると我流の戦い方をなかなか改めない。
一日一日を這うようにして繋いできたため染みついてしまったことなのか、
敵対者なぞ瞬殺で平らげればいいじゃあないかと、あまり後先を考えない。
異能も数も関係なく、片端から踏みつぶせばいいだけだと言い放ち、
搦め手なんぞで泳がせる策の意味が判らないと本気で思っているようで。
馬鹿だが勘のいいことで相殺されていた、今は“元”が付く相棒の誰かさんと
どこか似ているような、いやいやいっそ正反対か。
“まあ、あいつが育てた部分は似てもしょうがないのかなぁ。”
自尊心が高いところも、
なのに不器用で要領が悪いのを一向に改めないところも。
何も知らぬのも道理、
自身で見聞きしたことだけ、両腕で抱えられることだけで精いっぱいだった、
まだ誰の影響にも染まらないでいたが故の、ちょっと判りにくい無垢さも。
御すには手がかかりそうな、
だがだが間違いなくマフィア最恐の火器になりそうな、
そんな逸材なことへ久々にワクワクしたし。
胸中はひた隠しにして手荒に接したことで、
反抗的で険悪な貌ばかりさせたのは、思わぬ副産物であったれど。
そんな顔さえ愛おしかったほど、そりゃあ愛らしい風貌なこと、
真っ先に気づいたとほぼ同時、
これはやばいぞと胸中で鳴り響く警鐘に真っ先に対処を図ったその時からの、
紛うこと無き一目惚れごと、本心隠して幾年月。
理不尽なほどの屁理屈で、
失態をカウントされちゃあ殴られ蹴られた当人も辛くて痛かったろうけれど。
手を下していた師匠の側も実をいやぁ、日頃の冷徹さが吹っ飛ぶほど内心では辛かったし、
それより何より、
そんな間柄だというに、それでも自分をだけ追ってくる一途なところがまた、
何なのこの子、私をキュン死にさせたいの?と煽られまくりで。
そんな胸中が露見したら教育プランが破綻しちゃうとばかり、
取り乱さないよう上辺の無感情を取り繕うのにどれほど苦労したことか。
とはいえ、
「♪♪」
そんな苦行も今は要らない。
素直に享受しないで抑え込んでた山ほどの萌え、
どんな快楽でも敵うまいという至福を
今こそ堪能しまくってやるのだとの方向転換への順応も鮮やかに、
「おいで〜〜♪」
「……え?//////////」
言われたとおりシャワーを浴び、
太宰が用意していたサンドレス風のワンピースに着替えて戻ってきた黒姫へ。
こちらも彼女が用意してくれたサングリアを堪能しつつ待っていた姉様が、
ソファーに腰かけたままながらぱぁっとお顔を輝かせ、
おいでという呼び声に合わせ、両腕開いて待ち受ける。
実は酒豪で酒には飲まれない人だから、
そんなソフトドリンクごときで酔ってなんかいないはず。
だというに、何とも朗らかに構えて見せるのがこちらには照れ臭くてたまらぬ。
特に意識しているわけじゃあない、無理のない範囲での年齢相応の態度として、
まだまだ幼い虎の少女にお姉さんぶるほどには
冷静で落ち着きのある貌でいるのが常の禍狗さんであり。
言い訳無用と冷酷非情な仕置きを降らせることの多い部隊の長なのだから、
そうなってしまうのも道理というもので。
だってのに
そういうのをかなぐり捨てよと、ほらおいでよと待ち受けられては、
幾らなんでもと 二の足踏むのもしょうがなく。
『…どんな羞恥プレイだ、そりゃあ。』
重力使いの女傑様が此処に居たれば、
間違いなくそうと言い、元相棒の頭をばこんと殴ったに違いない。
加えて言えば、この黒姫さん、融通が利かないのはこういう方面へもで。
赤く染まる頬に宿る熱、振り切るようにかぶりを振ると、
「〜〜〜っ。////////」
色んな葛藤も一緒に えーいと振り切ったものか、
とたたと小走りに駆け寄って来る。
決っして決して、もたついていると鬼の教官の貌が現れるんじゃないか、
そのまま “愚図は嫌いだよ”なんて
つれなくも叱られるのが怖かったからじゃあない、いやホントに。
そうやって ほんの数歩分だったろう距離を詰めたはいいが、
それでもでも、まさかにお膝へ乗り上がるのは不躾だろと、
そこは遠慮がギリギリで働いたか。
「……。///////////」
膝と膝がくっつくほどまでは接近したものの、
そこでピタッと立ち止まってしまうのが、姉様にすれば “あああ惜しいっ”というところ。
見やった相手の態度はといやぁ、
困ったように瞬きしつつ、口許を固く閉じ、ぎゅむと身をこわばらせ。
堅く握った両の手を自身の胸元へと引きつけているのが、
振り切り切れなんだ緊張の強さを感じさせ。
そこまで怖がられているのかと、切なくなるのも実は常のことで、
別に殴られる蹴られるという恐怖じゃあないのは太宰の側でも判っている。
ただただ恥ずかしいのだ、と
威風堂々とあれと叩き込まれているマフィアの貌、
こうまで軟化している太宰が相手でもそう簡単には脱げないらしく。
“最初のお手本が私だったからだろうね。”
それでなくとも貧民街上がり、誇りになんてこだわってちゃあ生きてはゆけぬ。
とはいえ、弱者でいるつもりはさらさらなかったため、
地獄で培った矜持は高い子だったが、相手が太宰だと通じはしない。
私の直属の部下だということを忘れるなと、
言われはしなかったがそんな道理くらいは判ったので、
ますますと自尊心が強く鍛えられるのへ拍車が掛かり。
そんな錯綜した内情が、今更優しくされてもという戸惑いを生んでのこの結果。
そう、自業自得なのは重々承知なのであり。なので、
「なんでそうなるかなぁ。」
呆れもしないし誹謗もしない。
ただ、むむうと駄々をこねておりますという顔をし、
広げていた腕をぱたりと落とすと、
少しほど身を倒して あらためて相手の腕に触れ。
剥き出しの二の腕を
するりと撫でてやりつつ、そおと捕まえ引き寄せれば。
「〜〜〜。/////」
流石に全身で拒絶するよな抵抗はなく。
お行儀は悪いかも知れないが、それでも乗り上がるよりはましと思うてか、
膝下丈のスカートの中で 順々にお膝をソファーに上げ、
こちらの膝にまたがるようになって やっと間合いを詰めてくれて。
実は大層恥ずかしがりやな姫、やっと捕まえたと安堵して。
膝立ちもどきになっている相手に、
ならばとその身長差へ甘えるように凭れかかり、
薄い懐へ頬を埋めた姉様なのへ、
「太宰さんが、綺麗すぎて畏れ多いのです。」
嫌いだとか怖いというわけではありませんと、
小さな手を持ち上げ、抱え込むよな動作の先、
そろりと触れたこちらの髪を、慣れぬ所作にて梳いてくれる可愛い子。
正直言うと 緊張の源は嬉しいドキドキが過ぎるせい。
だって愛しいお人には違いない。
されど、それよりも
この自分が我を捨て去り、総てを優先せねばと思う大事な人。
才も姿もそれは優れた、もはや神聖な存在で、
胸のうちにては、認めてほしいと渇望していたほどのお人でもあったから、
畏れ多いと構えてしまうのもしょうがない。
「振り返ってくれたのが、あのその意外だったから、まだまだ落ち着けなくて…。」
「なにそれ、もう。」
拗ねたようにぐりぐりと、頼りない懐ろへ額を擦り付けて。
でもまだ顔を上げてはやらぬ。というか、
今この至近でお顔を見合わせたなら、またぞろ緊張しだすに決まってる。
あまりに長く、振り向いてやらなんだものだから、
背中を向けられるのが、冷たい声を放られるのが当たり前となっていて。
“慣れないスープが熱すぎて、
どう飲み込めばいいのかに戸惑っているというところかなぁ。”
初心な恋に関しての蓄積は生憎と持たないけど、
駆け引きや戦略としてなら百戦錬磨だ。
……威張っていいことじゃあないとかでは まだ泣かない、そんな暇はない。
そう、こっちだって初心者に等しいんだと、
この際 素直になっちゃえばいい。
ささやかだけど愛しいお胸へすりすりと頬を擦りつけつつ、
「太宰さんがこんな見た目なのは私のせいじゃないよ?
ちょっと背が高いとか、ちょっと目が大きいとか、
自分でそうしたってわけじゃなしィ。」
女子高生が甘えたことをのたまうような、
そんな口調で言いつのれば、
髪を撫でる手が “うんうんそうですよね”と宥めるように応じてくれる。
それへと乗じるように、もっと撫でてと頬擦りを続け、
ああ至福だなぁと、顔が緩んできたまま続けたのが、
「第一、私が綺麗だからとかいうのなら、
キミのその可愛らしさはどうなのさ。」
「はい?」
いかにもな聞き返しへ、
自覚がないんだねと、頬を埋めたままの懐ろへ ふううとため息一つ。
見た目も可愛いし、実は相変わらずに天然らしいし。
ああいい匂いだなぁ。
ボディソープは使ったな。でもそれだけじゃあない、
何だろこれ、キャンディみたいな甘い匂いもする。
中也が顔を見るたび飴をくれるとか言ってたな、
もしかしてそれをポケットに入れっぱなしにしてないか?
見た目と違っていろいろと大惨事起こしてる子だしなぁ。
たまたま手近にあったんで“お食べ”と やったら、
ずっとずっとおやつに芋けんぴ食べてた子だしなぁ。
いや好きだけど、芋けんぴ。
美味しいし、地味に口の中痛くなるのがまたいいし、
最近ソフトなのも出てるけど、堅いのが好きかな? …じゃあなくて。
「もう片意地張らなくていいとなったら、気になってしょうがないんだからね。」
「…。」
「相変わらずにうるうるした大きい眸で、睫毛も長くてお人形のようだし、
木の実のグミみたいな口許とかどれほど柔らかいのかつい触りたくなるし。」
「……。」
「腰なんてこんな細いから、
誰ぞにひょいって抱きしめられてないか、掻っ攫われないかを思うと落ち着けないし。」
「……。/////」
「黒っぽい服着てりゃあ地味だろうと思ってるようだけど、
キミほどの美少女だと
それをひん剥いてやりたいって下衆な奴も絶えないから逆効果なんだって
ちゃんと言ってやらにゃあってずっと思ってたし。」
「だ、だざいさん?////////」
そこいらのチンピラには負けないって?
そうじゃないんだ、判ってないなぁ。
キミのこと、そんないやらしい目で見る奴がいるというだけではらわた煮えくり返ってしまうのだよ。
「だってキミは、この私の大切な存在なのだから。」
「〜〜〜〜っ。/////////////」
言ってやったとにんまり笑う姉様、
愛しき少女の懐から顔を上げたその途端、
それ以上はなかろうほど真っ赤に熟れたお顔とかち合い、
「あらまあvv」
「いや、あのっ、これはその、////////」
ようよう堪能する間もなく、
羞恥のあまり キャパオーバーとなったらしく
膝立ち姿勢から崩れ落ち、
ふにゃりと腕の中でへたり込んでしまった痩躯を抱きかかえ。
「ほぉら、可愛いなぁvv」
「〜〜〜〜。//////////」
細い背に流れるふわふわな猫ッ毛を丁寧に撫で下ろしつつ、
今度はこちらの懐へぎゅむと迎え入れてしまう、
今だけは、いやいや今もまた、
我儘マイウェイな、元 傾城姫だったりするのである。
〜 Fine 〜 18.08.20.〜09.01.
BACK →
*お堅いタイトルの趣旨はどこへやら。
だらだら書いてるうちにどっかいったようです。(おいおい)
冗談はともかく、
女性同士の太芥の、
こっちもこじれていたのだろう間柄みたいなところを書いてみました。
実は“百合もの”は初めて書くので、
自分に言い聞かせてるような、覚書みたいなノリでして。
そこは仄めかすだけの方が、とか、
こっちで想像するから詳細は要りませんよとか、
仰りたいこと大ありでしょうが、初心者ですんでどうか良しなに。
艶っぽいことはさせてませんので、そっちが拍子抜けだったかな?
*ところで、こっちのお話の折、
敦くんは “敦ちゃん”とか虎の子ちゃんという呼び方で
十分 女の子らしく聞こえもするのですが、
芥川さんの方はこれがなかなか難しい。
名前の方も龍之介と堅苦しいし、(それ言ったら治も中也も大概ですが…)
何より、逢瀬の折など外で呼ぶときは往生しそうですよね。
「そういや、敦くんから“のがれちゃん”とか呼ばれてなかった?」
「何か混ざってます。」 ( 伝説なんて、怖くない 参照)
正しくは “のすけちゃん”だったし、それ知ってるってことはまた盗聴してましたね?
「分断されようことは予測できてたし、
となれば敦くんが真っ先に狙われそうだったから。」
保険だよ保険とうそぶく姉様で。
「人虎、かわいいですものね。」
「おややぁ? 焼きもちかな?」
「〜〜〜〜。」
「大事にされたい?」
「いえ。頼りにされたいです。」
「あらまあ♪」
キリがないのでこの辺でvv

|